PROFILE

プロゴルファー 有村 智恵

所属
日本HP
出身地
熊本県熊本市
出身校
東北高校(宮城県)
生年月日
1987年11月22日
身長
159センチ
プロ入会
2006年8月1日(78期生)
クラブ
ブリヂストンスポーツ
ボール
ブリヂストンスポーツ
ウェア
グリップインターナショナル(VIVA HEART)
シューズ
ブリヂストンスポーツ
血液型
O型
スポーツ歴
水泳(九州大会出場)
家族
両親、姉、妹
好きな色
白、ピンク
趣味
音楽鑑賞、買い物
ゴルフ歴
10歳から
得意クラブ
ピッチングウェッジ
ホールインワン
2回
・11年スタンレーレディス1R
・12年フンドーキンレディース3R
ベストスコア
62(09年大王製紙エリエールレディス2R)

10歳のとき、ハンディキャップ2の腕前を持つ父親の勧めでゴルフを始める。九州学院中学2年時の01年には日本ジュニア選手権(12~14歳の部)で優勝、翌02年は全国中学校ゴルフ選手権を制覇するなど、その輝かしい戦歴をスタート。高校は2学年上に宮里藍プロが在籍する、ゴルフの名門・東北高校に進むと、03、04年に東北女子アマ選手権を連覇するなど活躍を続け、3年時にはキャプテンも務めた。ちなみにこのとき、副キャプテンを務めていたのは同級生の原江里菜プロ。

06年に高校卒業後は、実家のある熊本に戻り、プロテストまでトーナメントに出場しながら研鑽の日々を送った。6月のサントリーレディスオープンでは初日単独首位発進。アマチュア選手が初日に単独首位に立つのは、史上3人目の快挙だった。7月末のプロテストでは見事トップ合格し8月末のヨネックスレディスでプロデビューを飾った。シード権獲得はならなかったが、ファイナルQTで3位に入り、翌年のほとんどの試合の出場権を獲得した。

フル参戦2年目の08年6月のプロミスレディスで2位に5打差をつけぶっちぎりで初優勝を遂げると、2週後の明治チョコレートカップでは、ツアー最多タイ(当時)となる7連続バーディを記録するなど、話題を振りまいた。

09年は4月のフジサンケイレディスのアルバトロス(史上9人目)に始まり、5月のクリスタルガイザーレディスで通算2勝目。全英女子オープンで初めての海外メジャー挑戦を経験し、7月のスタンレーレディス、8月のNEC軽井沢72、9月のミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンに優勝し、自身初の年間獲得賞金1億円突破。22歳の誕生日である11月22日、大王製紙エリエール女子オープンでも優勝し、年間5勝と賞金女王戦線を最後まで盛り上げた。

10年は4月に海外メジャー初戦のクラフトナビスコ選手権で、日本人最高の10位と好成績を残すと、翌週、トンボ帰りして参戦したスタジオアリス女子オープンで優勝。夏場にエビアンマスターズ、全英女子オープンにも参戦し、海外と日本を駆け巡った。

11年は、日本ツアーの開幕前に参戦した米ツアーのHSBC女子選手権(シンガポール)で最終日まで首位に立ち優勝争い。元賞金女王のカリー・ウェブの猛追に遭い、惜しくも2位になったものの幸先のいいスタートを切った。7月のスタンレーレディス初日、まずは8番ホール・503ヤードパー5でアルバトロス、さらに16番ホール・135ヤードパー3を8番アイアンでホールインワンという"3万年に1度"の快挙を達成。ところが、8月のCAT Ladiesで手首に違和感を覚え、シーズン後半は手首の痛みと共存しながらの戦いとなった。10月の森永製菓ウイダーレディスでは、暗闇が迫り小雨の降る中で馬場ゆかり選手とのプレーオフを制し、ホステスプロの重圧を乗り越えて見事に初代チャンピオンに輝いた。

まずは手首の治療を第一条件に掲げた12年シーズンは、3月中に開催される3試合を欠場し4月のヤマハレディースオープン葛城でシーズンイン。自身4戦目のサイバーエージェントレディスで優勝し、7月のスタンレーレディスで2連覇すると、8月、ゴルフ5レディスを前に、米ツアー挑戦を表明。その決意を表すように同大会で優勝争いを演じると、翌週の日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯でメジャー初制覇。自身の4日間大会の初優勝でもあった。賞金女王獲得のチャンスもあったが、シーズン最後の2戦を欠場してファイナルQTに挑戦、5位で米ツアーメンバーの資格を手に入れた。

13年は日米ツアーを行き来するシーズンに。夢の舞台はゲンのいいHSBC女子選手権からスタートする。